サミットはどうだったか?

サミットはどうだったか?――友達(または記者)に聞かれたときに役立つリスト(2003年12月16日ジュネーブ・ベルリン、Rik Panganiban・Ralf Bendrath編集)




○良かった点

□ICT4Dの展示

ICT4Dでの何百ものすばらしい展示や演壇を見ることは実に活気づけられるものだった。このフェアーを先月のジュネーブテレコム2003と比べると、市民社会、政府、国際機関、企業により今回行われた多くの活動が、どれだけ多彩で活気あふれるものだったか分かるだろう。このことは、実際の人々の要求に応えるべくICT(情報通信技術)開発を行う人々やグループが集まり互いの仕事を披露し合う集会がもっと頻繁に必要ではないかと思わせるものだった。

□市民社会宣言

何百もの市民社会グループの多様な見解や展望を一括して表現するという、野心的な文書を包括的に集めて整理するとはすばらしい働きだ。このプロセスを指揮したSally BurchとBill Mclver、草案作成委員会の皆さん、意見のインプットと校正をされた人々とワーキンググループの皆さんを称賛したい。

□並行された市民社会イベント

出席したいと思う複数の興味深い集会が常に行われているのを知らされるのはとてもいらだたしかった。参加できなかった会合の趣旨が分かるよう主催グループにはレポート、パワーポイント、ビデオその他の資料が手に入るようにしてほしい。私達はCPSR(社会的責任を考えるコンピュータ専門家の会)のICTガバナンス(統治)に関する会合、AMARC(世界コミュニティ・ラジオ放送者協会)のコミュニティメディアフォーラム、TRPの会合「民主主義、自由、そしてデジタルデバイド」に関する会合、報道の権利に関する世界フォーラム、UBUNTUのグローバルガバナンス(世界統治)とWSIS(世界情報社会サミット)に関する会合に出席した。すばらしい仕事をされた全ての主催者を称えたい。

□支持

全ての人々――特に市民社会グループの人々だがそれに限らず――がこの一週間を通して非常に助けになってくれた。無料のワイアレスのインターネットアクセススポットを市民社会オフィスの周りに設置してくれたコンピュータ技術者、記者会見や本会議をコーディネートしてくれた人々、共同記者発表その他の文書を仕上げるために煙草の煙が立ち込めるホテルの部屋で夜を過ごした人々、ボランティア翻訳者の人々――皆さんありがとう!




●悪かった点

■空回り

本会議場には十分なスペースがあり何百もの席があったことが分かった。そのため私達がこのような複雑な座席割り当てシステムを作らせられ、互いに言い争い、(この構築を手伝った)かわいそうなRobert Guerraに辛い思いをさせたことは、全て無意味だった。

■WiFi・インターネットアクセス

インターネットアクセスの状況がどれだけ標準を下回るレベルだったかは底知れない。「情報社会サミットでは適切な情報技術が設置されているだろう」と決め込んでいたのは間違いだった。途方も無い金額を支払ったにも拘らずWiFi(無線LANのブランド名)はほとんど使えなかった。SMTP(インターネットなどで電子メールを送信するためのプロトコル)はまったく使えなかったため、私達のほとんどはemailを送ることができなかった。けれど一番のスキャンダルは、全ての準備会合同様、無料のワイアレスのアクセススポットが無かったことだ。

■騒音

どの会合スペースにも防音設備が無く、頻繁に流れる騒々しい音楽、低音の響く音、何千もの会話のガヤガヤした音のために、騒音は一週間通して絶えず続いた不快な問題だった。多くの人が、この種の会議の中で、こんなに騒音レベルがひどい集会には出たことがないとコメントしていた。

■公式円卓会議

私達はこれらの円卓会議のスピーカーが3分ずつしか与えられていなかったと認識している。実際の対話ができない中これら専門家を集める意味は何なのか? これらの円卓会議のために遠くの大陸から努力してジュネーブに来たスピーカーの多くが、他の会議で、これほど無益だった感じた会議は無かったと私達に話した。




×醜悪だった点

■市民社会のスピーカーの選択

私達はサミット前に、私達のスピーカーをかなり透明性のある民主的な方法で選んだ。その後ITU(国際電気通信連合)の誰かがそのリストを取っていき勝手に人を取捨選択した。私達は誰がなぜこの決定をしたか分からない。けれどこのことは、誰が市民社会の利益のために論点を提供するかを市民社会が選択する権利を否定したことになる。このことは特に開会式で明白だった。世界盲人連盟から選ばれたスピーカーはよかったが、全般的な市民社会の議論に関わる活動に参加してこなかったため私達の主張を示すことはなかった。しかも彼女はITU事務局から特定の文章をスピーチに入れるよう圧力をかけられていた。ちなみにこれは手続きのルールに違反した行為だったりする。

■チュニジアが影響を及ぼそうと努力

いくつかの報告によると、チュニジア政府が数多くの人を「市民社会メンバー」としてサミットに送り込んでいた。そのメンバーの多くが、サミット第二段階で、また特にチュニジアの人権に対する恥ずべき記録についての、市民社会の議論を台無しにしようとした。しかも何人かはチュニジアに批判的なサミット新聞「テラ・ビバ」を何千部も盗もうとし現行犯で取り押さえられた。これは言論の自由などの人権を侵害するだけでなく、捕まれば裏目に出るばかな行為だ。

■警察による抑圧

ジュネーブ警察は、サミット前日にジュネーブ中心街で開催された対抗サミット「WSIS?私達が止める!」のポリメディア・ラボを閉鎖した。また警察はサミット最終日にサミットに反対して行われたデモを包囲し止めた。言論の自由と集会の自由の権利を行使した抗議者たちは、尋問を受け個人情報を聴取された。パスポート提示を拒否した人や持参していなかった人は拘置所に入れられた。

■検閲の努力

サミット会場入口の警備員は活動家たちが配布しようとしていたラディカルな資料を検閲していた。時にはオルタナティブな通信社であるIPSのような国連の協議資格を持つ組織が作成した資料さえ検閲の対象となった。国連事務総長のサミット特別顧問であるNitin Desaiまでも、これらの措置に抗議して市民社会が共同で出した文書が嘘であるかのような表現をし、「彼らは別の会議に出席しているのではないか」と話した。多分彼自身が別のサミットに出ていたのだろう。

■プライバシーの侵害

登録の場で全てのサミット参加者が渡された名札バッジには、電子ID(RFID)が装着されていた。参加者の写真を含む個人情報が中枢データベースに蓄積され、サミット会場にいつどこで入り出たかが記録された。入手できるプライバシーに関する方針は無く、サミット後にこれらのデータをどうするかを私達に説明できる(またはする)人はいなかった。