日時:2005年7月25日
場所:於NPO法人市民コンピューターコミュニケーション研究会(JCAFE)東京事務所
1.情報のアクセシビリティに対する理解
情報のアクセシビリティを進めるために、必要なことが2つあります。1つには、アクセシビリティがわかる人に、アクセシビリティ、あるいは情報のアクセシビリティとは何かを説いていくことです。同時に、情報のアクセシビリティという言葉をとりあえず知ってはいるものの、非常に狭いものの見方をしている人たちともかかわっていくことです。この4月に、関西の文系私立大学から、東京の理工学系私立大学に移りました。文系大学の学生は、技術的な話はわかりませんが、社会の不合理、不公正、あるいは社会的貢献という言葉にピンとくる人が結構いました。ところが理工学系の学生は、ウェブの技術はわかっても、世の中の不合理、不公正、あるいは人間関係の対等性といった話はピンとこないのです。
技術の専門家は、多様性とか、権利としてのアクセシビリティということにあまり関心を示しません。背景には、今の日本の徹底した分離政策があります。障害者とアクセシビリティという前に、障害者をイメージできないのです。理工系の人にこうした理解が難しいなら、技術的な興味だけで進めてくれてもいいと思います。まず権利としてのアクセシビリティがわかる人たちに、積極的に働きかけるべきです。
2.権利としての情報のアクセシビリティ
私が「情報のアクセシビリティ」というときは、権利としてのアクセシビリティを念頭に置き、社会的な意味で使っています。「情報アクセシビリティ」と1語で使うときは、技術に近い意味として、さらにウェブに限定するなら「ウェブ・アクセシビリティ」と使い分けています。
情報のアクセシビリティを社会科学の領域として見た場合、情報と人権保障という考え方があります。その場合の権利とは大きく分けて次の3つです。第1に情報を知らせる権利です。たとえば表現の自由とか出版の自由という形で言われているもので、憲法21 条でも明記されています。
第2に情報を知る権利があります。とくに為政者がもっている情報を知る権利のことで、情報は市民のものであるということです。
第3に、俗にプライバシー権といわれている権利があります。以前は、自分のプライバシーを知られたくない権利と理解されていましたが、今は自分の情報をコントロールする権利と、解釈が変わってきました。
3.「対等」という関係性を構築すること
情報社会における権利保障の問題は、法律的な概念の前に権利とか人権という近代民主主義がちゃんと根付いているかどうかに行き着きます。近代民主主義で、equality の訳し方が「平等」と「対等」にわかれますが、私は「対等」だと思っています。大事なのは「対等」という関係性で、「対等」だからこそ逆に「多様性」も出てくるのです。
「平等」という言葉に対しては、みんな勘違いしています。障害があってもなくても、高齢者であろうがなかろうが、みんなが同じことができることが「平等」だと思われているのです。事実として障害者には障害があるわけですから、その中で、人間として権利として対等であるというのが「多様性」や「対等」という言葉の意味です。この対等と多様性が、情報のアクセシビリティでとても大事なことです。
4.市民社会を担うNPOが情報のアクセシビリティを取り上げる意味
NPO法人市民コンピュータコミュニケーション研究会(JCAFE)に集まっている人たちは、少なくとも対等性とか、不公正という言葉にピンとくる人たちだと信じたいと思います。JCAFEはそういう人たちに向けて、この情報のアクセシビリティは、NPOとして考えていくべき問題だという問いかけをしてもいいと思います。
なぜかというと、これは技術ではく権利の問題だからです。あるいは、もっと広げていえば市民社会の問題なのです。
情報のアクセシビリティというのは、情報という部分における「障害者」の権利です。障害者が市民の一員としてその権利を行使すること、もしくは世の中とかかわっていくためのツールをもつことなのです。しかし今は、その権利やツールをもつにも問題や阻害要因があります。それをどう解決していくのかを考えるといいと思います。
○中村広幸氏プロフィール:芝浦工業大学工学部教授。東京大学にて化学、都市工学、社会学を修める(社会学修士)。情報社会論の視点で情報アクセシビリティの分野に取り組む。

